渡邊 直仁(わたなべ なおひと)/Naohito Watanabe1971年、埼玉県朝霞市生まれ。代々木アニメーション学院を卒業後、建築や不動産業など異業種での経験を積み、40代で浮世絵の世界へと転身。始めた当初は、浮世絵と言う伝統文化の再認識や技術継承へ繋ぐための活動として関わっておられましたが、描き手不足の現場に求められた事をきっかけに、独学と職人による指導のもと、浮世絵師としての歩みを始められました。コロナ禍を機に個人制作へ本格的に取り組み始め、以降は海外展示や現代的な浮世絵の創作に注力されています。和紙や木版を活かした伝統技法に、アニメやポップアートの感性を融合させ、“令和の浮世絵”ともいえる新たな表現を追求し続けています。異業種から、浮世絵の世界へ浮世絵の世界に入る前は、どんなお仕事をされていたんですか?もともとは空調設備や不動産の管理といった、まったく別の業界で働いていました。自分が“描き手”になるなんて、当時はまったく想像していませんでしたね。きっかけは友人の紹介で、「浮世絵木版画を伝える活動をされていた方が居るんだけれども、今度法人化したいと考えていて、渡邊さんにも出資者として、協力してもらえないか?」という相談から始まりました。「描き手がいない」——転機は突然にそこから、なぜご自身が描くことになったのですか?その法人では、キャラクターとのコラボ浮世絵木版画を制作する事による、浮世絵の復刻や技術継承を目的とした活動をしていましたが、新たなコラボ企画を進めようとした時に、他の企画に携わっていたのもあって、たまたま浮世絵師が足らないと言う状況が発生したのです。そこで、私が以前からイラストなどを描いていた事もあり、『直仁さん、ちょっと描いてみて下さいよ』と言う流れから、今の仕事が始まりました。浮世絵を描く事に関して全くの素人でしたし不安もありましたが、先ずは手を動かしてみようと思ったんです。まさにゼロからのスタートでしたね。職人とともに、学びながら描く技術はどのように習得していったのでしょう?はじめは完全に独学で始めましたが、すぐに「浮世絵は見よう見まねでは描けない」と痛感しました。描き慣れていないと、つい普通のイラストのように立体的に描いてしまい、どうしても“浮世絵らしさ”が出ないんです。浮世絵を描き始めた頃の作品そこで摺師さんや彫師さんの工房に何度も足を運び、現場でプロの手元を間近で見ながら少しずつコツを掴んでいきました。浮世絵特有の二次元表現を理解するには、やはり経験が不可欠だと感じましたね。創作を深めた“コロナ禍”という転機浮世絵師として本格的に創作を始めたのは、いつ頃からだったのでしょうか?最初の数年は、どちらかというと“練習”に近い形でした。やがてキャラクターとのコラボや復刻といった、いわゆる「仕事としての木版画制作」が中心になり、そうした活動が4〜5年ほど続きました。そして大きな転機となったのが、コロナ禍です。外出が制限されたあの時期、「今こそ自分の絵を描いてみよう」と思い立ったんです。コロナ禍で描いた最初の作品初めてオリジナル作品にしっかり向き合い、描くことそのものを深く楽しむ時間が持てたのは、あの期間だったと思います。その経験が、今の自分の活動の原点になっています。コロナ明けに創業した株式会社TOHIONA海外展示とグローバルな手応え海外の展示にも積極的に参加されていますよね。手応えはいかがでしたか?初めての海外展示はドバイでした。現地にはアニメやマンガ文化に親しんでいる方が多くて、キャラクターと浮世絵を掛け合わせた自分の作品が、想像以上に受け入れられたんです。ドバイの展示の際に描いた作品 「名所世界百景 中東の空模様 100 Famous Views Around the World Middle East sky pattern」その後、モナコでも展示の機会をいただきました。そして、今年の9月には、ニューヨークで開催されるファッションウィークと連動したイベントに参加予定です。船上でのアート展示とファッションショーという舞台に招待されていて、まさにこれからの挑戦という気持ちでいます。この機会は、ポルトガルのファッションブランドとのコラボがきっかけでしたが、こうした異業種・異文化との接点は、自分の表現の新たな可能性を広げてくれていると実感しています。文化を“着崩す”という発想渡邊さんの作品からは、“伝統を守る”だけでなく、“今の表現”を探る視点も感じます。 僕は、文化って守りすぎると、かえって誰にも届かなくなってしまうと思ってるんです。大切にしすぎて触れにくくなるというか、結果として忘れられてしまう危険もある。だからこそ、”着崩す”という柔らかさが必要なんじゃないかと感じています。たとえば、着物も本来はきちんと着るものでしたが、今ではカジュアルに楽しんだり、自由なスタイルでファッションとして取り入れられたりしていますよね。それと同じように、浮世絵にも“ずらし”の感覚を取り入れてみたい。ネオンを使った作品などもそうですが、「これはもう浮世絵じゃないんじゃないか」と言われるくらいが、逆にちょうどいい。伝統の本質を押さえたうえで、あえて外してみる——そうすることで、次の時代につながる新しい表現が生まれると思っています。肉筆浮世絵をネオンで描いた作品「令和浮世絵 四季ノ内 春 – ネオン幻想 Reiwa Ukiyo-e: A Spring Rabbit – Neon Illusion」デジタル展示が拓いた、新たな表現の可能性 HACKK TAGを通じた展示について、何か印象的だったことはありますか?これまでは原画だけで展開していこうと考えていたんですが、HACKK TAGさんで初めてデジタル展示を経験して、表現の可能性がぐっと広がったと感じました。高精細のスキャンデータを使って、大きな画面に映し出していただいたんです。原画って物理的にどうしても小さいものが多いんですけど、それが驚くほど美しく拡大されていて、自分でも「こんなに綺麗に映るんだ」と驚きました。パークホテル東京26階 soshare digital gallery にて 「名所世界百景 中東の棗椰子 100 Famous Views Around the World Date Palms of the Middle East」展示の様子この体験は、従来の展示では得られなかった手応えでしたし、鑑賞する側にとっても新鮮な印象を与えられたと思います。また、遠方の展示会に参加する際も、データさえあれば作品を届けられる。これまでかかっていた輸送や設営の手間も省けて、アーティストにとっては本当にありがたい仕組みだと感じました。そして何より、省けた輸送や設営のコストの分、展示が始まった後に旅行を兼ねて(笑)現地を視察する——そんな楽しみ方ができるのも、HACKK TAGならではの魅力ですね。仲の良い株式会社TOHIONAのメンバービジネスアーティストと呼ばれてアーティスト活動を行ううえで、大切にしている考え方はありますか?自分の作品を安売りしてしまうと、自分自身の価値を下げてしまうと思っています。だからこそ、オーダーメイドのアート制作(コミッションワーク)をご依頼いただく際も、こちらが提示した金額に納得してくださる方の依頼だけお受けするようにしています。 釣り好きの依頼主のための一枚 「鰤の波裏」「渡邊さんって、ビジネスアーティストだよね」と言われることもあります。でも僕は、それくらいの意識を持っていないと、アートを仕事として続けるのは難しいと思うんです。美大を出て絵が上手い人でも、生活の問題や継続の難しさで辞めていってしまう人はたくさんいる。僕は44歳で筆を取りましたが、だからこそ、社会人としての経験やビジネス感覚を“武器”として、今の活動に活かしていきたいと考えています。続けることに意味があるHACKK TAGを利用してくださっている方から「美大を出ていないので自信がない」というお声をいただくこともあります。僕自身、美大を出ていない“脱サラ・アーティスト”です。浮世絵を描き始めたとき、「そういえば昔、絵を描くのが好きだったな」と、ふと子どもの頃の記憶がよみがえってきました。そして今、社会人としての経験を経たうえで、もう一度、絵と真剣に向き合ってみようという気持ちになれたんです。「途中で辞めてもいい。けれど、諦めなくていい」——そんなふうに思えるようになったことが、自分にとっては大きかったですね。たとえば、一度描くことを中断してしまっても、また時間ができたら、お金を稼いでから再開すればいい。せっかく描ける腕があるのなら、いつか必ず光るときが来ると思います。だからこそ、今この瞬間の表現を楽しみながら、描き続けてほしい。僕もまだ道半ばですが、そうやって続けていくことに意味があると信じています。一緒に、楽しんでいきましょう!↑とてもとても気さくな渡邊さん!プロフィール写真が荘厳なイメージでしたので訪問前はインタビュワーが身構えておりました(笑)が、メンバーの皆様にとても温かく迎えていただきました!対談を終えて HACKK TAGからのメッセージ私たちは、街のさまざまな場所での展示機会や、多様なイベント・企画を通じて、アーティストの皆様からお預かりした資金をもとに、アーティストの皆様と共に常に新たな挑戦を模索しています。今回のインタビューでは、異業種から浮世絵師へと転身し、伝統と現代をつなぐ表現を模索し続ける渡邊さんのお話をうかがいました。原点は、「絵を描くのが好きだった」という小さな気持ち。そこから歩みを重ねた経験の言葉には、これから何かを始めたいと思っている方へのヒントが詰まっていました。美大を出ていなくても、途中で描くことをやめていても、大丈夫。「もう一度描いてみよう」「展示してみよう」と思われた方、私たちは皆さまのその一歩をサポートできるよう挑戦を続けてまいります。ご興味を持っていただいた方は、お気軽にいつでも公式LINEやお問い合わせよりHACKK TAGにお声がけください。